2010年07月04日

尾之間で徒然草の朗読会

屋久島暮しでは珍しい部類に入るイベントですが、尾之間で徒然草の朗読会がありましたので、久し振り(50年振り)に古文の世界に触れたくなり柄に似合わないことですが参加してみました。
講師は屋久島暮しが長く30年近くになりますが、屋久島の様子が分かり一段落したときに目に触れたのが徒然草で、以降、徒然草の研究に嵌まり込んでいったとのことです。
その心境を独断と偏見で補足しますと屋久島には世界でも貴重な太古の自然、海は世界の何処へでも行けて、高く聳える山々から見える広い空は広大な宇宙に通じているからです。
このような屋久島の自然環境は未知なるものを追求して止まぬ兼好法師の強い精神と合い通じるものがあり、屋久島の奥深い魅力を追求する上で法師を研究していることが想定できます。
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出席簿に名前を記入してテーブルに着くと今回朗読するページ(第七十四段から百十二段までの四段)の小冊子が製本されていて、出席者全員(20名)に手渡してくれました。
やがて講師が小冊子を開いて各段(章)毎に朗読を始めると全員がじっと聞き入り、中には目を閉じたまま時おり記述事項に同感するかのようになずく人も3〜4名見当たりました。
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朗読(講師の解釈付)はゆっくりと落ち着いた声で話されて暫くするとここらで5分休憩しましょうとのこと、高校で国語2の授業では長く感じていたのに既に40分が経過していました。
休憩後に後半の朗読が続き40分間淀まることなく続いて1時間半、高校時代には何にも分からなかったのに、聞き終わると兼好法師の述べていることがぼんやりながら掴めたことには驚きました。
朗読会も後半の部に入り、朗読(小冊子)に対する質疑応答は随筆について詳しい人が多く、聞き入る内に古文の魅力を感じ取っていく様子が感じ取れるようで、文学に対する苦手意識も抜けました。
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講師が選んだ文章は兼好法師の人生観に関する記述部分を選んでおり、法師の描く人生観が我々凡人の視線からではなく、人間を超越し時の流れなど広範に捉えられているように思えました。
続いて小冊子から離れて(別の段)講師好みの記述文を紹介してくれましたが、奉仕の女性観、美意識、季節の微細な表現、才人たちの人物評価などを読むと何故か魅力を感じさせる味が感じられました。 随筆が書かれたのは13世紀初頭、最終段(二百四十三段)に仏の存在を追及した下りで想像の世界(神)を追求していますが、同時期、西洋のルネッサンスの始まりを思わせる宇宙的な思考力です。
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朗読会は終わりましたが、まだ語り尽くせない出席者たち7名は場所を変えて講師宅に集まりますと有り難いことにテーブルに1升瓶で銘酒(飛良和泉、太古屋久島かめ壷仕込)を準備してくれました。
早速、参加者達の持参した酒で乾杯してから美酒を片手に朗読会の続きに花が咲きました。
朗読会に備え徒然草を下調べした人はその時目に留まった文章と小冊子の文章(段)が一緒だったとか、高校時代の印象と比較すると多少は進歩したのかな等など、まちまちの意見が述べられました。
兼好談義を交わしたお陰で、その時代に兼好法師が示した物事に対する深い洞察力や未知を追求する積極的な精神力の持ち主であることなどが浮かび上がり、朗読会は楽しいものだと満足でした。
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二次会も終って家に帰り朗読会の余韻を楽しんでいた夜の7時半、隣の方が大きな星が輝いているといわれて外に出ると北西の空に大きな星、思わずカメラを向けましたが手振れでうまく撮れません。
それでも幾つかの写真を撮ってみますと、手振れたことで同じ星でも色々なショットが撮れてまるで夜空に浮ぶ星のセレナードのよう、大宇宙の一面を表現しているかのようにも思えました。
視線の向け方次第で新たなものが見えて世界観も広がり人生の面白さも広がるのでしょう、朗読会で兼好法師に多くを教えられ、明日は研修センターで宇宙の星を調べる楽しみができました。
posted by パイン at 05:41| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | KK・アセビ の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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